04雪山温泉旅行
2004年1月17・18日(土・日)


参加者
組長、政、おしり、仁、チンピラ、臭平
小坂、うらっきょ、母ちゃん
茄子


寝ようと思うがなれれない。
0100まささんから連絡があった。
福山を通過したという。
広島まで一時間ほどの距離だ。
最終の準備に入る。

パソコンで最後の道路情報を確認する。
九州自動車道は小倉付近で雪のため速度制限が出ている。
大分自動車道は相も変わらず日田から東が全て通行止めだ。

荷物を背負い外に出る。
あ!雨降ってるじゃねえか。
まささんとの約束は広島IC付近。
そこまで原付きで移動しなければいけない。
鬱になるが幸いにして雨は小降りのようだ。

原付きに荷物を載せる。
外に出て気づいた。
雨ではなくみぞれだった。
かなり寒い。

みぞれを全身に受け、広島の市街地を走る。
ICは広島のやや郊外。
10kmほどの距離だ。
走り出して後悔。
コンタクトではなくメガネだった。
みぞれはメガネを汚す。
しかもその冷たさからメガネが曇ってしまう。
前が見えない。
やがて顔の感覚が無くなってくる。
寒すぎる。

予定どうり20分で到着。
IC付近のスパーに原付きを停める。

そのまま待つ。
電話が鳴る。
「今高速を降りた。どこにいる?前にはパトカーが居けど」
「あ、見えます。もう少し前進したら左にいます。あれ?」
まささんの後ろから新たなパトカーが高速で現れた。
まささんのパトカーの前には一台軽自動車がいた。
軽自動車、パトカー、まっさんの車。
この順番で、信号待ちをしていた。
後ろから来たパトカーは大きく右に開いた。
サイレンと赤色灯をつけ軽自動車の前方ぎりぎりにつけた。
軽自動車の後ろのパトカーも前に寄せ軽自動車を詰める。
「キターーー検挙。」
目前での大捕物。
警察24時が突如として発生したのだ。

目の前で大捕物をされたまささん。
「車うごかせんが」
更に応援のパトカーが現れる。

車をバックさせ大回りしてこちらにまささんがやってきた。
「うーん。いいモノ見た」
大満足の三人は再び高速に乗る。
すぐに運転を私に変える。
滋賀から運転し続けたまささんはここで就寝。
助手席の水野さんと話をしながら車は西へと進む。

高速道路上は結構な雪。
道路上にやや積もるほどになっている。
下関に近づいた時のこと。
道路情報板が目に入った。
「小倉東から久留米。雪のため通行止め」
おいおい
若宮から小倉はまだわかるがなんで筑後平野まで・・・
通行止め区間、長過ぎやぞ。

しかし九州の高速道路は雪に脆弱だ。
すぐに通行止めになる。
高速道路が脆弱なのではない。
九州に住む人の雪道運転が下手くそなので(当たり前だが)通行止めになる判断基準が甘いのだ。
先月、山陰の米子自動車道を通った時は路面に30cmぐらいの積雪や轍があったけど普通に通ってたぞ。

小倉東で強制的に退去させられ下道で鳥栖に向かう。
水野さんを鳥栖で下ろさなければならない。
また、長崎組の一部をこの車に乗せなければならない。

鳥栖駅でで水野さんを下ろす。
ここから大分方面に向ける。
大分自動車道の状況はどうか?

チンピラに電話をしてみる。
「いま、鳥栖の次のICで下ろされました。以降、通行止めです。」
「わかった。東進してくれ。そのうち合流しよう。」
比較的近くに二組は存在しているようだ。

日田で、この二組は合流した。
その後、日田街道を東進した。

おしりさんから連絡が入った。
「今、大分駅まで来たんですけど、久大本線運休です。」
「家に帰って車で来い」
「らじゃー・・・・」

うらっきょの車を玖珠役場に放棄。
うちの車に乗り換えさせる。
臭平車にチェーンを装着させる。

九重町から久住に向けて山に入る。
入ったとたんまささんの車はアウト。
雪の急坂で止まってしまった。
こうなるとスタッドレスではどうにもならないのでチェーンを装着。
長者原に向かう。

長者原の駐車場で山に入る準備をする。
準備ができあがった頃、田辺車が到着する。


装備を調え入山。
長者原に向かうまではガスがかかっていたが、
現在は快晴!
素晴らしいほどに景色が見渡せる。


真っ白になった雪道を時折足を滑らせながら坊がつるに向かう。



雪に包まれた森は静かでもある。






三時間ほど時間を掛け坊がつるに到着。
坊がつるは周囲を久住連山に囲まれている。
ここに立つと文明を感じさせるのは法華院温泉のみ。
他に人工物はない。360度だ。
この地に立つには山になれた人が歩き2時間かかる。
車で来ることは出来ない。
法華院温泉にくるにももちろん歩きしかないのだ。

日はすでに山に隠れてしまった。
1600頃だが暗くなり始めている。
ここに、法華院温泉があるのだ。
温泉宿に行き、宿泊の手続きを済ませる。
手がかじかんで予約台帳に字がうまく書けない。
「老朽化していますから。安くしときます。5000円返金しますね。」
鍵をもらいログハウスに向かう。

ログハウスはどこだ?
地図を見る。
どうやら、向こうの方らしい。
おそらくここら辺に道があるだろう所は完全に雪に閉ざされている。
ラッセルを開始。
膝ほどの雪を踏み固めながら進む。
砂浜でダッシュをしているようなもので結構きつい。
でもなんか楽しい。

着いた。率直な感想。
ぼろい・・・
ぼろいながらも我が家。
雪を払い皆、ログハウスに入る。
狭い。
ただでさえ8人用に10人が入っている。
はっきり言って8人でも狭いわ。
ドアちゃんとしまらんやんけ。
ぼろ・・・

とりあえず着替えを用意して旅館にもどる。
景色が見えるうちに行こう。
500円払って入浴。
貸し切りだ。
どうやら今日は旅館にも四人連れの一組。残るは私たちのみのようだ。
温泉気持ちいいな。
お湯が熱くないのでいつまでも入っていられる。
ふと気付ば外に行ける窓があるではないか。
そこにはウッドデッキと露天風呂。
と言いたいが雪が積もって何があるかわからない。
「おお、露天風呂に行こう」
「いやー、ちょっと冷たいんじゃない?」
「泳いじゃおう」
「ケツの穴が痛いのは気のせいか?」



素っ裸で雪にまみれる我々。
バカでした・・・
でも男はバカなよう。
それを見ていた別のグループのおっさんが。
「俺もか・・・」
とつぶやき雪に飛び込んだ。
「おおおお」
歓声が上がる。

ぽかぽかのままログハウスに戻る。
近距離の移動だが手袋はかかせない。

早速、鍋の用意。
ベランダの雪につっこんだビールは基地外の様に冷えているではないか。
母ちゃん発案のチゲ鍋にみんな夢中になる。
冷たいビールにチゲ鍋、最高だ。
皆、毛布を膝に掛け身を寄せ合い鍋を囲む。



外に設置した温度計を確認する
30分ごとに2度ずつ気温は下がる。
九時頃には-7.5度まで下がった。
窓をよく見れば凍り付いている。
室内なのに・・・
窓にひっついていた布団が凍り付き窓から離れない。
外は極寒の世界だ。
2200頃には結構みんなが寝付いてしまった。
ホットカルピス酎ハイがうまいじゃありませんか。

寝る前にトイレに行く。
そのついでに外を散策する。
こんな所を深夜に散策するなどまあ、普通の人は一生味わうことが出来ない。

蛍の光窓の雪という。
月は出ていない。
ただ星の光。
それを反射した雪。
結構明るいモノだ。
あえて電気はつけずに進む。

空は澄み切り、星がこれほどかと言うぐらいに見える。
雪に寝ころぶ。
皆躊躇するが進める。
寒すぎるので寝ころんでも濡れることはない。
ふんわりして快適だ。

星空が広がっている。







0700起床
皆起きない。
早い人で2100頃。
遅い人でも0000頃に就寝したにもかかわらず寝坊過ぎる。
たたき起こす。

0700の気温は-7.5度だった。
すぐに用意を始める。

結構起きるのが遅くなったので朝食は抜きに。
宿舎からの撤収用意が進む。
母ちゃんがなかなかのリーダーシップぶりを発揮し順調に進む。

0830に法華院温泉を出発する。
昨日と同じルートをとる。
今日は帰るのみ。
服をいくらでも汚すことが出来る。
行きに服を濡らすことは出来ない。
それは冬山では非常に危険な行為となる。

抜けるような青空。
真っ白な雪が映える。

雨ケ池付近で大休止。
記念撮影。
そして戦争。

昨日からの好天。
雪の表面は日差しで溶ける。
それが今朝の冷え込みで再び凍った。
握ることも出来なかった、さらさらのパウダースノー。
それが今では雪に手を突っ込み持ち上げると、
直径50cmぐらいの円盤として取り出せる。
半分氷なので結構重いし痛い。
この投げ合いが始まった。
ものすごく熱く痛い。

雪合戦で雪が当たって吹っ飛ぶ奴を初めて見た。

とりあえずYAKATSUをやってみる。




暴れ回り、綺麗な雪原をボコボコにし気持ちよく再出発。



長者原に1100頃到着。
近くの筋湯温泉に向かう。
お風呂にじっくりつかる。
風呂上がりゲームコーナーのスロットに小坂が100円を投入。
止まらない止まらない。
当たり続ける。100円で30分以上やり続けた。
きりのいいところで終える。

山を下り九重町の市街で昼食を取る。
ここで田辺君とはお別れだ。

玖珠町の役場で長崎組と解散。

一路東に向かう。

広島に2000前に到着。
まささんと浜勝で夕食。
解散。

総括して、非常に楽しい作戦だったと思う。
しんどい山登り。
気持ちのいい温泉。
おいしい鍋。
肩寄せ合って、鍋を囲み、寝る。
美しい夜空。
激しい雪合戦。
メリハリがあったし、
みんな通常では出来ない経験が十分に出来たと思う。

幸運にも大雪の夜を越え昼から快晴。
快晴の中、潤沢な雪に囲まれる。
快晴のまま下山。
非常に天候にも恵まれたと思う。